らき☆すた【短編】1号館

□見上げる空の向こうには
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「わたし、は…」
ゴォと教室の暖房機が熱を排出している音だけが聞こえるこの空間で、目の前に立つ友人は何かに耐えるように両手を握りしめながら言葉を紡いでいく。
「アンタのことが…」
長い前髪のせいで表情が見えないこど、きゅっと結んだ口元がやけにリアルで…
ぎゅっと握る手が少し痛んだけど、緊張と期待でそんなこと関係なかった。
わたしのすべての感覚が耳に集まっている。私の大好きな人、かがみの言葉を聞き漏らさないように…




―――見上げる空の向こうには―――




『かがみはさ、好きな人とか…いるの?』

時間にすると4日前。
いつものようにかがみとした寄り道の帰り道の途中、私は何の考えもなく、ほぼ無意識にこの質問を問い掛けていた。
この時の私は少しおかしかったんだと思う。
いや、おかしいという自覚は随分前からあった。
かがみを好きだと思ったあの日から、ずっとおかしかった。
今のままの関係に納得しようと何度も何度も自分に説得したのに…
何故こんなことをかがみに問い掛けてしまったんだろう。
こんなことを聞いても意味なんてないのは自分自身がよく分かっているのに。
かがみと二人きりでいる空気に浮かれていたのかもしれない。もしかしてかがみも私のこと好きなんじゃないか、って思って…
自分勝手な妄想だって、ただの期待だって、分かっているのに。
こんなにもかがみの事が好きで、愛しくてたまらなかった。
「私はね、いるんだ」
いきなりの問い掛けに驚いたように私を見つめるかがみの視線がなんだか気恥ずかしくて、その視線から逃れるように空を仰ぐ。
まだ完全な夕方ではないけど、少し傾いた太陽が赤い幻影をまとっている。
青い空に赤い夕日が交じあって、綺麗な紫色の空。
まるでかがみみたいだ、と思った。
凛として、でもどこか優しい空の色。
そう思うと愛しくてたまらなくって、ぐっとこの大きな空に手を伸ばしていた。
「とってもとっても好きな人が…」
その本人に言うことじゃないけどね。
伸ばした手はやっぱり空には届かなくて、それがなんだか無性に悲しくて、手を下ろそうと思った瞬間。
「へー。で、相手は誰なのよ」
後ろから聞こえてきたのは、いつもの口調のかがみの声。
予想外の反応に伸ばしていた腕がストンと重力に沿って落ちる。
そっか…。
かがみは私のこと何とも思ってないんだ。私に好きな人がいるという事実を聞いて、少しは妬いてくれるんじゃないかと、もっと慌ててくれるんじゃないかと、期待していた私が馬鹿だった。
結局私の片思い。ただそれだけのこと。
そんな事を思う自分が酷く滑稽で、自嘲に似た笑みがこぼれる。
「かがみはさ、好きな人とか…いるの?」
半ば、やけくそに再度同じ質問を問いかけた。
私はまだなにか期待しているのだろうか。
好きな人なんていない、そう言われることを望んでいる。
―ホントにそうなの?
そうだよ。
かがみに好きな人がいないなら、私がいくらかがみを思っても自由だよ。

―思いは通じないのに?

―思いは、届かないのに?

ブンブンと頭を振って私に話しかけるもう一人の"私"を追い払う。
今までだって何度、かがみに告白しようとしたか。
理性という脆い感情だけで、どれだけの思いを押し込めてきたか。
自分自身が一番よく分かっているはずだ。
女の子同士の恋なんてどこか遠い、私とはまるで縁のないものだと思っていた。
ストパニとか神無月とかは所詮アニメであって、3次元とは違うもの、…だと。
かがみのことを思うだけでこんなに胸が苦しくなる。抱き締めたくなる。私だけを見て欲しい。
そんな感情が芽生えるなんて思ってなかった。
だけど…
かがみはきっとこんな事を私が思ってるなんてこれっぽっちも思ってないんだ。
仲のいい友達。ただそれだけ。
それだけが私とかがみを繋ぐもの。
「かがみ」
だから、呼んだ。
友達でもいいから、傍にいたい。そんな気持ちを込めて、愛しい人の名前を呼んだ。
「…かがみ?」
何かを我慢しているように両手を握り締めて、何も言わないかがみに私の心にモヤモヤとした不安感が募っていく。
「……いるわよ」
「へ?」
すぅ、と息を吸い込んで唖然としている私にかがみが続ける。
「好きな人、いるわよ」
瞬時に、トンカチかなんかで頭を強く殴られたみたいな衝撃が私を襲った。
感覚は冷静なのに頭の中の処理が出来ない。
今、かがみはなんて言った?
―好きな人がいる。
誰が、誰に、誰を?
普段使わない頭をフル回転させて、さっきの言葉を理解しようとするけど、容量オーバーなのか全く糸口が見えない。
『深刻なエラーが発生しました。』
なんて某ボーカロイドの声が頭の片隅で聞こえてきそうだ。
「あ、あぁ、そ、そうなんだ。アハハ、私全然気付かなかったよ〜」
気付かれまいと、動揺なんかしていないと、いつもの様に発した声が震えているのが自分でも分かった。
かがみに好きな人がいる。
だけど…もしそれが自分だったら?
こんな状態でも期待してしまう私がいて、苦笑に似た笑いが出る。
あぁ、なんでこんなに遠いんだろう。近くにいるのに心が遠い。
好き、というたった二文字の感情が届かない。
それを言える勇気が私には、ない。
「ち、ちなみに…お相手は誰?私の…知ってるひと?」
なんで私はこんなことを聞いているのだろう。
分からない。
かがみの気持ちも私自身の気持ちも。
期待するなと自分に言い聞かせても、どこかで「こなたが好き」と言ってくれるのではないかと期待している。
ホント、バカだ。私。

「こなた……」
――――え?
ポカーンという表現が当てはまるように中途半端に開かれた口の中が乾燥してうまく言葉がでない。
私の名前を呼んだってことは、かがみも私のことが、好き…?
やばい、どうしよう。凄い嬉しい。緊張していた糸が切れたのか、ツーンしたものが鼻の上に集まってくる。
ダメだ、まだ泣くな。ちゃんと私も言うんだ、かがみが好きって。
「わたし…」
「…には、関係ないでしょ」
私もかがみが好き、覚悟を決めて呟いた言葉は大空を横切るジェット機みたいにかがみによって遮られた。
出だしが微妙にかぶってたから聞き取りづらかったけど、かがみの声が自然に頭の中で何度も何度もリピートされている。
―――こなたには関係ないでしょ。
私には、関係ない…?
そうだよね、かがみが私と同じ気持ちなんて…
なんて勘違いをしてるんだ、私。分かっていたはずなのに…期待なんてしても無駄だって分かっていたのに。
さっき名前を呼ばれたことに、喜んでいた自分がすごく惨めで。
先ほどとは違う理由で目頭に熱いモノがこみあげてくる。
「…っ」
胸が苦しい。息が出来ないくらい、つらい。
下唇を噛んで、両手を握りしめて、必死にこみ上げてくる熱を押さえようとしたけど…ダメだ、押さえられない。
「ごめん」
叫ぶようにして、私から逃げるように背中を向けて走り去っていくかがみ。
走れば追いつくのに、手を伸ばせば止められるのに…
私は出来なかった。
ついて来ないで。遠ざかっていくかがみの背中がそう言っているようで…
さっきより赤くなってきた空を仰いだ。
綺麗な夕日が今日の役目を終えようと、西の空へと消えようとしている。
ふと有名な歌の歌詞が頭に浮かんだ。
「上を向いたって、涙、こぼれちゃうよ……」
誰に言うのでもなく、小さく呟いた後、私の涙腺は崩壊した。



 
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