らき☆すた【短編】1号館

□見上げる空はなぜ青い
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新年も無事に迎え、そろそろ春の温かさが恋しくなってきた頃。
私は2年間という長いようで短い間通ってきた通学路を歩いていた。
時間が早いせいか、辺りに生徒の姿は見えない。
「ふぅ…」
誰に向けるべくもなく自然に排出された吐息が、寒空へと吸い込まれていく。
その白い息を追いかけるように、うっすらと太陽が覗いている空を見上げると、いつもの清々しいような青色ではなく、私の吐息のような白い色をした空が一面を覆っていた。




―――見上げる空はなぜ青い―――




自分の足音が反響する廊下を抜け、ガラッと教室のドアをあけると外気より少し温かい空気が私を迎えてくれた。
この季節、上級生は受験期真っ盛りでこの時間から学校にきて勉強をしている生徒は少なくない。
その受験生への学校側の配慮なのか、すでに教室の暖房器は外気に冷やされた体を温めることが出来る程に暖まっていた。
受験、か…
首に巻かれたマフラーを外しながら小さく呟く。
あと一年もたてば自分も図書室で必死に手を動かしている受験生と同じ立場にたつだろう。
一年…
人によって感じる時間が違うとかよく聞くけど、少なくても私にとって一年という時間の感覚は短く感じられた。
たった365日…違う言い方をすればその365日で私の高校生活は終止符をうつのだ。
このまま何も言えない、何も伝えられないままで……別れてしまうのだろうか。



……あぁ、ダメだ。
こんなことを考える為に朝早く学校にきたわけじゃない。
わざわざ寒空の下を一人で歩いたのには理由がある。
いや、理由なんて言葉のあやだ。私は逃げているんだ、大切な人から…なにより、自分の気持ちから。



ガラガラ…
と後ろから聞こえた扉を開ける音が、私に教室への訪問者の存在を告げる。
こんな朝早くから学校へ来るもの好きがいるなんて、と自分を棚にあげて思う。
「かがみ」
聞き覚えのある、だけど予想外の声にバッと後ろを振り向くと、そこには見間違えるはずもない友人――
私の片思いの相手である泉こなたが立っていた。
「こなた…」
呟くように小さな訪問者の名前を呼ぶと、深い青色の瞳が少し揺れたように見えた。
その瞳に私は見覚えがある。






『かがみはさ、好きな人とか…いるの?』
急激に頭の中で甦るこなたの言葉。
いつも通り、なんの変哲もない帰り道。
少し先を歩くこなたが私を振り返って尋ねた言葉。
その言葉に頭の奥底に閉まっておいた記憶の扉が、ゆっくりと開けられる。



―だめだ、思い出すな。
頭の中で冷静な私が叫ぶのが聞こえる。でももう手遅れ。私の目の前には先日起こった光景が既に思い浮かび上がっている。



「かがみはさ、好きな人とか…いるの?」
いきなりのこなたからの問いかけに一瞬呆気にとられる私。
それもそのはず、好意を寄せている相手にそんな質問をされて、私はアンタが好きなのよ、なんて言える奴がいるはずはないだろう。
少なくても私にはそんなこと言えない。
「私はね、いるんだ…」
何も言わない私の視線が気恥ずかしいのか、こなたが私から目を逸し、髪の色と同じ色をした空へと両手を伸ばして言った。
後ろから見える髪で隠れたサラッと揺れる長い髪、細い腕を高い高い空へと向けて、こなたが続ける。
「とっても、とっても好きな人が」
ズキッと体の中心にヒビが入るような音が聞こえた。
痛い。
ヒビの入った胸の中心あたりが焼けるようにヒリヒリする。
焦燥感のような胸のモヤモヤが心臓から頭の方へと伝染していくのが分かる。
「…へ、へー。で、相手は誰なのよ」
動揺を気付かれまいと、発した声が震える。
自分から聞いたことなのに、答えが怖くてギュッと両手の拳を強く握り締めてしまう。
空に伸ばした手を下ろし、再度私を振り向くこなたが何故か遠くに見える。
―いかないで。
こんなに近くにいるのに遠い。空に浮かぶ雲のように触れられそうで触れることができない。
そんな不安定で私を翻弄する目の前の小さい友人はフッと諦めに似た自嘲的な笑みを浮かべた。
それがまるで、好きと言えない私を責めているようで。
「かがみは…好きな人いないの?」
私の問い掛けを無視して、こなたからの二回目の質問。
こいつは、何を考えてこんなことを言ってるのだろう。
まさか、こなたは私の事が…
いや、そんな事私の都合に無理矢理合わせた期待でしかない。
こなたは私が自分に友達以上の感情を寄せていることなんて微塵にも感じてないだろう。
自分の事ばっか考えてそうで、本当は人一倍周りを大事にしてることくらい2年間一緒にいれば嫌でも分かる。
だから私は言えなかった。
自分の欲望の為だけにこなたに好きだと打ち明けたら、こなたはどうするのだろうか。
笑いながら「デレ期だね、かがみ」といつものようにからかうのだろうか。
いや、それならまだマシな方だ。私にどう接すればいいか分からずに距離をとるかもしれない。
――怖い。
こなたへ伝えたいと思う気持ちと、このまま傍にいたいという気持ちが交錯している不安定さ…それがたまらなく怖い。
それならいっそ、自分の気持ちを抑えこんで、友人としてこなたの傍に居続ければ……
そんなの嘘。
私が望んでいることは、そんな綺麗な感情じゃない。
もっと汚い、こなたに自分だけを見て欲しい、好きでいて欲しいという薄汚い自分勝手な欲望。
「かがみ」
こなたが私の名前を呼ぶ。
それすらにも反応してしまう自分の心臓が恨めしい。
こんなに思っているのに、こんなに好きで好きでたまらないのに…
「…かがみ?」
不安そうに見つめるこなたを直視できなくて…このままじゃ、自分の気持ちをぶちまけてしまいそうで…
「………いるわよ」
勝手に口が言葉を発した。
「へ…?」
「好きな人、いるわよ」
何を言ってるんだろう、こんなこと言うはずじゃないのに…言えるはずないのに…
「え……。あ、あぁ、そ、そうなんだ。アハハ、私全然気付かなかったよ〜」
なんでそんなに慌ててるんだろうとか、こなたの様子を疑問に思えるほど、私にとっても余裕が無かった。
「ち、ちなみに…お相手は誰?私の…知ってるひと?」
勝手に動く口が、声帯が止められない。
止めて、言いたくない。
こなたを傷付けたくない。
「こなた……」
こなたの瞳が、空に映える深緑の瞳が一瞬揺らぐのが見えて…
「…には、関係ないでしょ」
自分の声がゆっくりと頭の中を反芻する。
なにを、なにを言ってるんだ…私は。
「…っ」
こなたが何かを言おうと口を開いたけど、声にならない音のみが辺りに響いた。
下唇を噛んで、何かに堪えるように両手を震わしている。
こんな、ひどい事を言うつもりはなかった。そんな顔をさせるつもりもなかった。
ただ一言、好きという言葉が届かない。
だから…
「ごめんっ」
その感情から、こなたから、私は逃げた。
こなたの顔も見ずに、さっきまで歩いて来た道へ走り出す。
最低だ。こんな行動になんの意味もない。
ただ、逃げたかった。
他の誰かを好きだというこなたから。
他の誰かよりもこなたを好きだという感情から。



 
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