小説等

□関係
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パシリにされたって


バカにされたって


ボコボコに殴られたって




お前の傍にいれる






それだけでいいから。




          関係




「藤原ァ。煙草。」

また…。

「……。」

「オイ、何無視しとんねん。煙草言うとるやろ。」


仕方なく口を開く。

「…今日最初に煙草買ったん何時よ。」

「えーと、大体6時頃。」
「その次に買ったのは。」
「んー。8:30とか、そんくらいか。」

「…一番最後に買ったのは。」
「10時過ぎ。」

「……今、何時。」
「えー、12時23分。」
「吸いすぎやろ!!」
「え、そうか?」

「……。」


恐るべし、井本貴史。

午前中だけでもう3箱も吸っていると言うのに。


「なぁ、早よ買ってきぃや。」

「まだ足りひんの?」
「当たり前やろ。オラ、早よせぇ。」
即答かい。
ホンマ大丈夫か?コイツ。


「オイ!買ってこい言うとるやろ!」

段々井本のイライラが募ってきている。

だが、ここは負けるわけには行かない。

「行かへん。そんな吸いたいんなら自分で行きや。」


少しの沈黙。


「行くのめんどいから言うとんのか。」
「お前の体を心配して言っとんの!」


あ……。

つい言ってしもた。
恥ずいから言わんとこう思っとったのに……。


「心配してくれてたんか…?」

あれっ。以外な反応。


よーし……!

「せや!いっつも無茶ばっかして!たまには俺の身にもなってみ!」

俺はここぞとばかりに言った。


「……ゴメン。」

「!」


井本が謝った……!

その事に衝撃を受けた俺は調子に乗った。



……




調子に乗ったのが、いけなかった。








目の前には自販機。

勿論、煙草の。



あの後調子に乗った俺は、今までの文句という文句を井本に言った。


結果、井本に殴られ、そしてここにいる。


「ハァ……。」

ため息をつきながら、井本の気に入ってる煙草を探す。

もう何度もパシられてるので、どの煙草が好きなのかもう覚えている。


「…あれ?」

井本の気に入ってる煙草が無い。

「どないしよ…。」


とりあえず他の自販機で、探すしかない。

もし何も持たずに帰ったら……。



想像するだけで、背筋が凍る。



「早よ探さな…。」

もう、こんな思考回路になってる。


「完ッ璧にパシリ化してる…って事か。」


少し自分にがっかりしながら、人通りの多い道を歩く。




一応、お笑い芸人という職業についてるので、たまに声をかけられる。


「あの…ライセンスの藤原さんですよね?」

「あぁ…、ハイ。そうですけど……。」
「あの、私ファンなんです!サイン下さい!」

「あぁ、いいですよ。」

俺は差し出されたメモ帳にサインをする。

するとファンの子が
「あれ?井本さんいないんですか?」

「おらんけど、アイツに何か用ですか?」


もしかして、井本のファンだったりして……。

「いや、いっつも一緒にいるので……。」


「あぁ…。」


確かに、そうかもしれない。


今言われるまで気付かなかったけど。


「あの…、何でいないんですか…?」

「へ?」


まさか、聞かれるとは思わなかった。

「……?」




言えない。



相方に殴られて煙草買いに行かされてるなんて。


「えっと…今日は不機嫌で……。」

苦し紛れの言い訳。


「へぇ……。」

アカン。絶対納得してへん。

「あっ、じゃあ僕煙草買いに行くんで…。」
俺はそう言って何とかその場から離れた。



思わぬところで時間をくってしまった。

そろそろ急がないと。


俺は人混みの中を走り抜けていった。












「……ただいま。」

恐る恐る扉を開ける。



「…遅かったやんけ。」

「あー…、なかなか見つからんかって……。」

「ふーん……。煙草は。」
「あ、ハイ。」
俺はゆっくり煙草を渡した。

井本は奪い取るように乱暴に受け取り、煙草に火を付けた。



途端に俺にのしかかり、

「俺を待たすたぁ、随分と偉くなったもんやなぁ?」


ヤバい。

井本の右手には煙草があって、左手は俺の右目のまぶたを無理矢理こじ開けている。


「アカンアカン!眼球に根性焼きはアカンって!!」

俺は必死に抵抗する。

「じゃかぁしわボケェ!パシリの分際で偉そうなこと言うとんなやぁ!」

井本の怒りの声が鳴り響く。


そして徐々に近付く煙草。

「やめてぇ!まだ失明したないぃぃ!!」





「何してるんですか…?」

「!!」


扉の隙間から誰かが覗きこんでいる。

「シゲェェェ!!助かったぁぁぁ!」

俺は急いで重岡の所に駆け寄り、思わず抱きついた。

「わわっ!ちょっ、どうしたんですか?」
「殺されるかと思たぁ〜…。」
「ま、またですか?」

「…チッ。」
「……井本、今舌打ちせんかった?」

「別にしとらんけど?」

ウソつけや……。

すると井本が
「外で煙草吸ってくる。」
と言って、楽屋から出ていった。


なんや、ワケの分からん奴やなぁ。



「…大変ですね、藤原さん。」

「なんで?」
「いや、毎日こんなんでしょ?」
「あー、うん。そやな。」
「身が、持たないでしょ。」
「いやー。でももう慣れたしホラ、俺Mやから。」
俺は冗談混じりに言った。

「……。」



……シゲ?

「なぁ、どないしたん?」


「……誤魔化してちゃ、駄目ですよ。」



「へ?」


「ホントは、辛いんでしょ?」

「いや、でも……」
「誤魔化さないで下さい!」


重岡が叫んだ。

「なんで辛いなら辛いって言わないんですか!なんで一人で抱えこむんですか!」






考えもしなかった。




昔から、当たり前だったから。



俺はいつも井本にパシられて

で、帰ってくると

何かと文句をつけて俺を殴る。


それが当たり前だった。



俺は別にその事に不満なんて感じなくて


だから、辛いと思ったことはなかった。




「そりゃ、井本さんは融通効かないこともあるけどっ……


……でも…でも少しぐらい反抗したっていいじゃないですか!」





『反抗』





何故かその言葉が、胸に引っかかる。



「何が恐いんですか!何にそんなビビってんですか!」




全て繋がった。



その言葉が引っかかった理由がわかった。





「…全部が……無くなる事。」

「!」




「俺高校の時、引きこもりの気があって、まともに人と話す事もできんくて……。そんな時話しかけてくれたんが井本でさ。」



あの時、井本が俺に声を掛けてくれなかったら

俺はずっと独りだったかもしれない。



だから……


「だから、逆らったら、どっかにいってまいそうな気がしてな……。」




『反抗』したら、居なくなってしまう。



消えてしまう




独りに、なってしまう。






そんなの、絶対嫌だから。




だから俺は逆らえない。


逆らわない。



逆らいたくない。





「だから俺、アイツに逆らわないて決めたんや。そうすれば独りにならへん。そ
したら……」







「ドアホ。」




「いっ、井本!?」




なんで……。


「外に煙草吸いに行ったんじゃ……。」



「お前なぁ…。遂に相方も信用できんようなったんか?」


「いや、それは……。」

「じゃ、なんでそないに心配すんねん。」


「う……。」



「アホやな。」





「俺がお前の事独りにするわけないやろ。」


「えっ……。」




「…お前は俺の大事な、相方やからな。」







ホンマに?



ホンマにそう思ってくれてる?



ウソちゃうよな?



夢ちゃうよな……?






俺が不安そうな顔をしていると

「そんなに俺の事信用でけへんか。」

「えっ…。いや…。」

「よしわかった。んじゃあ、今誓うわ。そしたら信用しろ、ええな。」


「えっ……。」


「えー、私、井本貴史は、相方の藤原一裕を、一生独りにしないことをここに誓
います。……これでえぇやろ?」





井本……。




「まぁ、パシリは続けてもらうけどなー。」





「うん……。」




涙が澪れる。


「ちょっ、お前なんで泣いてんねん!?」







ええよ。




パシられたってええ。



俺がなんかヘマして、お前に殴られても。



アホなことしてバカにされても。



お前の傍にいれるんやったら





「それで…ええ……。」




「……。」



何も言わずに、井本が俺を抱き締めた。


カッコ悪いな、俺。



でも



涙が止まらない。


大丈夫やって強がりたいのに



その言葉が出ようとしない。




唯一、出る言葉は




「井本…。」


「ん?」





「ありがと……。」





「うん。」








心の中で、呟く。




『大好き。』











静かな楽屋の中に



俺の泣く声だけが、響いてた。














fin.
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