汝、専属メイドに任命す

□00.Prologue/-
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とある町外れの荘厳な佇まいの大豪邸。
これが、僕の仕える屋敷だった。

それはそれは由緒正しき名家らしく、家の外装だけでなくもちろん内装、調度品、使用人の制服までが相当高価なものらしかった。
服がいいものらしいことは、着心地のよさから僕にも分かる。
何十人(それ以上かもしれない)もの使用人に、一着いくらするかすら分からない服一式を揃えるのだからそれだけでも大層なことだ。
シックな色調の落ち着いたデザインで、男女共に統一感があり、とてもセンスの感じられるものだった。


旦那様のせめてもの気遣いなのか、下っ端の下っ端も含めて全ての使用人に同じものが与えられている。

事実、僕は使用人の中でもだいぶ下の位だった。
一ヶ月くらい前お屋敷に入ってから毎日毎日、掃除や洗濯なんかの雑用をさせられる。
それでも与えられる給料はごく少なく、生活できるレベルではなかった。
───今まではなんとか食い繋いで来れたけど、そろそろ限界かな…
ほうきを握ったまま僕は深くため息をついた。


「春原ー…春原、いるか?」

使用人仲間の一人が僕を呼んだ。
「何ー?僕今忙しいんだよね…」
ほうきにもたれたまま僕は気だるげに応えた。

「おまえな、そんなこと言ってる場合じゃねえぞ……何やらかしたんだよ」

声を落とし、神妙な面持ちで僕に顔を寄せる。
「…はぁ?」
何をやらかしたかと言われたって、身に覚えなどほとんどない。
───昨日の晩飯のおかず、くすねたのバレたかな…

「執事がおまえを名指しで呼んでるぞ」

「…なんで?」
僕は本当に訳がわからなかった。
せめて料理長あたりに呼び出されるくらいだと思っていたのに、まさかそんな偉い人にじきじきに呼ばれるとは。
そこまで悪いことをした覚えはない。

「知らねえよ…、まあ、チョンとやられないようにな」
そう言うと首に手の横を軽く当てて、そいつは自分の持ち場に帰っていった。
バトラーは実質的に僕たちの首を握っているのだ。



「…僕、何かしたかな…」
ほうきを抱えて考え込んだが、やはり心当たりはない。
僕は思い切って執事の部屋へ向かうことにした。


ほうきはその辺に立てかけておいて、僕は廊下を歩き出した。

足の下はえんじ色の柔らかい絨毯で、ところどころに置かれた家具もそれに準じた色味だった。
豪華だがいやらしい派手さのないシャンデリア、深いこげ茶のドア。
いつ見ても、じつに安定感のあるインテリアだ。

ぴかぴかの手すりを伝って階段を上がった。
僕は掃除のときしかここには上がることはない。お茶を持ってくる女のメイドは毎日のように上がっているようだが。

長い廊下の奥に、一段と高級感と風格の漂うドアがあった。
それは旦那様の部屋だった。
…ここには、おそらく一生入ることはないだろう。

そのだいぶ手前、旦那様の部屋よりは貧相な(それでもだいぶ豪華なのだが)ドアがあった。
butler。
ドアの上のほうにそう書いたプレートがかかっていた。

───ここだ。


僕はあわてて服の裾を引っ張り、ほこりを落とす。

こんこん。

僕は躊躇いがちに分厚い木のドアをノックした。

「あのー、春原ですけど…お呼びですか」

恐る恐る中に声を掛ける。

「…入れ」

低い声に誘われて、重い扉を押す。

「…」
───うわあ。

そこは、とても豪華で落ち着いた部屋だった。
やさしいクリーム色の毛皮のソファ、丈夫そうな革椅子、ややこしそうな本が並ぶ大きな本棚。
目につくもの全てが僕には無縁に見えた。

そして、僕の何メートルか前には、黒髪の若い男。
想像していたようなおじさんとは似ても似つかぬ人だった。

「…えっと…あのー…何の御用ですか…?」

僕は居心地が悪くてその場で小さく足踏みしながら、そう訊いた。

「まあ、座れよ」

彼は驚くほど鮮やかに笑って、僕にデスクの向かいの黒い革椅子を勧めた。

「あ、どうも…」

僕はおそるおそるそこに腰を下ろした。
それは吸い込まれるくらいやわらかくて、おそらくかなり高価だろうことを僕に知らしめた。

さて、近くで見ると、彼は第一印象より相当若いようだった。
独特のゆったりとした動きはたぶん生まれつきなのだろう。
いくつなのかはまったく見当がつかない。10代…ではないだろう、執事という位からして。妥当なのは20代か…
静かに燃える深い瞳が、楽しげに細められた。

「…おまえ、いくつ?」

心中を見透かされたように彼はそう訊いた。
乱暴というか、投げやりというか、とにかくあまり上品な感じの言葉遣いではなかったのが意外だった。

「じゅ、17ですけど…」

へえ、と彼は言った。
「…なら、敬語やめろ。居心地悪いから」

「…へ?」

「…おまえ、俺のこと年上だと思ってるだろ」

その低い声は笑いを含んでいた。
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