小説

□オリジナル:僕のピアノと君のギター
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僕はピアノです。
大勢の観客のためにだけ、
音を鳴らすピアノです。
みんな、
僕の音楽を聞いている。
でも、みんな、
僕の音楽を聴いていない。
僕の音楽は、
みんなにとっては
ただ流れるものであって、
聴くものに値していないのです。
僕は、
一人でいい、
僕の音楽を聴いてくれる人を、
望みます。

僕は、暗い路地裏を歩いていた。専門学校の帰りである。
普通の大学生からするとかなり軽いだろう鞄を右肩にかけて、猫背になって歩く。いつもなら有り得ない体勢だ。自分でも驚いてしまう。
とぼとぼと歩き、たまにため息を吐いたりしていると、表通りに出た。いきなり通行量が増える。僕は真っ直ぐ駅に向かう。
うつむいて歩いていると、曲が聞こえた。顔を上げて見ると、右斜め前方に、先程僕が通ってきたものと同じくらいの太さの路地があった。やや小走りになって路地の中を見ると、その中間ら辺で、中年にさしかかり始めたくらいの歳の男が、クラシックギターを弾きながら歌っていた。
特に歌がうまいわけでも、ギターがうまいわけでもない。ましてや、歌詞がきれいなわけではない。
でも、僕は、聴き入ってしまった。彼に見つからないないように、あまり近付かないようにしてまで。
彼の曲が終わった途端、僕はわけもわからず拍手した。彼が驚いたように僕を見た。僕は恥ずかしくなって、うつむいた。
「…オレの歌、上手い?」
僕は一瞬躊躇して、結局首を横に振った。
「…じゃあ、何で拍手したの?」
「え…と、なんとなく?」
彼は笑った。
「あはは!君変なこと言うね!嫌いじゃないけど。じゃあ君はあれかい?歌の天才かい?」
「天才…ってほどじゃないけど、貴方よりは上手いと思う」
彼はにやにやして、僕を見た。
「じゃあ歌ってみてよ。ここに楽譜もあるし、音を取りたいならギターで取ればいい」
彼は楽譜を僕に差し出した。僕は楽譜を受け取る。パラパラとめくって、そこまで難しい曲でないことを確認する。ホ長調の、明るい、単純な曲だ。
僕は、彼に一音目だけ音をもらった。
「それだけでいいのかい、天才君?」
彼がからかい口調で言ってきた。僕はむかっとしたが、無視した。それよりも、歌うことに集中したかった。
彼の首を動かす動作で、伴奏が始まった。僕はそれをよく聴く。
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