小説

□オリジナル:僕のピアノと君のギター
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伴奏が止まり、僕の番がくる。いつもと同じように、僕は滑るように歌い出した。
路地に、僕の声が響く。喋る声よりも少し高めの、テノールの声。
彼を横目で見る。彼は驚いた顔で僕を見ていた。僕は嬉しくなって、さらに声高に歌う。
曲が終わった時には、雪が降っていた。それでも、僕は寒くはなかった。いつの間にか、僕と彼のまわりには、人だかりができていた。
彼のギターの伴奏が終わった途端、路地に面している家の壁が壊れるのではないか、と心配になるほどの拍手が溢れた。僕は少なからず驚いて、彼の方を見た。
いきなり、両手を取られた。
「一緒にやんない?」
「は?」
「オレと路上ライブやんない?」
彼は、顔に全ての期待を込めて言っていた。僕は困ってしまった。
その迷いが、彼を不安にさせたらしい。彼は微妙に泣きそうな顔になった。
「…だめ?なんか他にあるんだ?」
「え…っと、あの…」
彼は、足元にある硬貨を拾った。いつの間にか周りに人は誰もいなくなっていて、あるのは数十枚の硬貨と、何枚かの紙幣だった。
「…オレはさ、下手なんだけど、音楽やってる時が一番楽しいんだ。お金…もそりゃ欲しいけど、二の次っていうか…。さっき君が
歌ってるの見て、すごい楽しんでるなって思ったんだ。でも、仕事のこと訊こうと思ったら、なんかすごい嫌そうな顔した気がしたんだ」
僕は驚いた。彼の言っていることは、あながち想像だけのことではなかった。

―もうそろそろ、お前も潮時だな。
―違う。違うのよ。もっと声に若さを持って。
―最近、お前も声にハリなくなってきたな。
―残念だが、一次予選落第だ。
―あんた、

ほんとにやる気あんの?

「…!」
僕の頭の中を、大学での出来事がよぎった。
「大丈夫?」
「っ、え?」
彼が、僕の顔を不安気に覗き込んでいた。
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