宝物&捧げ物

□黒猫
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『黒猫』

「やきゅーぶー。クジ引いてないの、あんたらだけだよー」
 文化祭実行委員だという女子に、割り箸の残り少ない束をずいと突きつけられて、「よっしゃ!」とノリノリで一本を引き抜いたまでは良かったが。
 文化祭での1年9組の出し物は、仮装喫茶。
 別に男女入れ換えのコスプレをするわけではないのだか、誰かが言い出した。

「──ササヤカでも笑いが欲しい」

 じゃあテメーが体を張って笑いを取れ! と何故誰も言わなかったんだろう、と田島は思う。

「やっぱさぁ、田島はロング使うより、このままでよくない?」
「……」
「あれ? なんか今日はオトナシイね?」
「──だって、ありえなくねー? オレがメイドさんなんて!!! 泉のほうがゲンミツに似合うって!!」
「しょーがないじゃない。あんたら部活で忙しいっていうから、前準備のいらないホール係にしてやって、コレだってあんたが選んだクジなんだから」
「オメーが引いたクジなんだから責任持てよ」
 田島の精一杯の反論は、実行委員と泉に、さくっと切って捨てられてしまった。
 そう。
 オトコなのに、メイドさん。
 田島は、決して女装がやりたかったわけではない。
 ふつーに、オトコだったら皆そうだろうけど。
 
 田島は、『ササヤカな笑い』とするところの女装を、ばっちり選んでしまったのだった。
 
 リボンやらレースやらで飾られた黒いワンピースに、白いブラウス。頭には、猫耳カチューシャ。
 このカチューシャだけは、スタッフ全員がつけるのだが。
「これがアキバ系ってやつ……?」
 田島は渡された黒いフェイクファーで作られた猫耳を、指先でちょいちょい弄りながら呟く。野球小僧にはまったく馴染みのない世界だ。
 そして、オンナノコ用のふんわりと膨らんだパフスリーブのボタンが、いくら華奢に見えても野球部4番の二の腕に留まるわけもなく、さきほど急いで浜田がつけ直した。
 髪の毛はロングのウィッグも用意されたが、「まぁ、ふつーにオトコだってことがわかったほうがいいんじゃね?」という意見と、「田島は素で可愛いから、そのままで!!」の主張により、使われないことに決まっていた。

「そばかす、どする?」
「えー、コンシラーで隠す?」
「なんかそーすると厚塗りっぽくなりがちじゃない? 清純路線のメイドさんじゃないよー」
「ん〜。じゃ、もう田島は素材重視! 化粧水と乳液でお肌整えたら、メイクはグロスだけで!」
 鏡を真正面に見るように座らされた田島の頭の上では、奇怪な会話が続く。もう、口も挟めない。こんな女子になにかを言ったら、もっと手酷いダメージを喰らう。姉2人のおかげで学習済みだ。
 ぱぱっと、手早くオレンジ系のグロスが唇の上にのせられて、完成したのはどこからどう見ても、メイドだった。
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