宝物&捧げ物

□求めるもの
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『求めるもの』


 ぶん。
 ぶん。

 隣のゲージで、バットが空を切る音がする。

「……?」
「スライダー、いきまーす!」
「っ!」
 ピッチングマシンを操作する沖の声がして、田島は珍しくバッティング練習中に集中力を途切れさせていたことに気づいた。

「はい!」

 そんな素振りを微塵も感じさせずに返事をすれば、ぱしゅっと気の抜けるような音とはうらはらな、130キロにセットされたスライダーがマシンから弾かれるように飛び出す。

「──センター前!」

 田島はそう宣言するように叫ぶと、思い切り球の芯を叩いた。
 打球はぐん、と伸びるが、ある程度までくるとすとん、と地面に落ちる。

「やっぱすげーなぁ、言ったところに飛ぶもんなぁ」

 栄口が打球の落下地点を確かめると、感心したように言う。それに、へへーん、と笑うが、田島は自分が決して満足していないのを知っていた。
 そういつまでもピッチングマシンを独り占めできないので、次に待っていた栄口に打席を譲って、再び後ろでタイミングを合わせて素振りをする。

 そして、意識しなくても視界に入る、バットを構える花井の後姿。

(なんか、また背ぇ伸びたような気ぃすんな……)

 4月の時点で180センチを超えていた花井は、夏大が終わったときの測定で、さらに伸びていた。まだ彼の成長線は閉じる気がないらしい。
 他の部員たちも軒並み伸びていて、成長痛の話題が上ることもしばしばだ。

 対して田島は、自分自身が期待するほどの成長、という波はまだ来ていない。身長は若干伸びた。でも、まだ年齢の平均には届いていない。田島が伸びた分だけ、花井も伸びる。そんな気さえしてくるような、縮まらない差がある。

 さらに、花井は百枝と相談しながら、筋トレの量を増やしていた。成長途中の体に負担にならない程度のものだが、その成果は確実に表れていている。もしかしたら、花井本人よりも田島の方がその成果を知っているかもしれない。

(ぎゅって、されっときとか……)

 腕をまわしてしがみついたときにわかる、花井の力の強さ。抱きしめられたときに触れる、背中の筋肉のしなやかさを、田島は体感している。

 でも。

 花井に向かって飛んできたボールは、バットを掠ることなくネットに当たって、ばさりと緑色の網が波打った。
 大きなスイングは、空振るときでさえ大きな音がする。

「くそっ」

 ちいさく毒付く花井の声。今日のバッティングでは、まだ花井の金属バットから快音は聞かれていなかった。
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