宝物&捧げ物

□お兄ちゃんといっしょ。
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 花井家のキッチンの茶箪笥には、ふたりの娘たち専用のスペースがある。

 粉ふるいに、大中小のステンレスボウル、木べら・ゴムべら、シフォンケーキ型にパウンドケーキ型、ホールケーキ型が三種類。泡だて器やクッキングペーパーなど、お菓子作りに必要と思われるものが、そこには仕舞われている。


『お兄ちゃんといっしょ。』


「あっくん、もうすぐお兄ちゃんになるんだよ」
 にこにことオレの頭を撫でる母親の腹が大きくせり出していたのを、子供心にも不思議に思っていた。
「ここにあかちゃんはいってるの?」
「そうよー」

 自分の下にきょうだいができる、と言われたとき、オレは「おとうと! おとうとがいい!」と母親に訴えた。そのときの両親のホホエマシゲな表情は、今となっては恥ずかしすぎて忘れたい。

 ただ、双子だったせいか、わりあい早くに両親は性別を知っていたようだけれど、オレには言えなかったらしい。オレがあんまりにも「おとうと! おとうと!」と言っていたから。

 ある夜更け、母親が腹が痛いと苦しみだして、父親と慌しく病院に出かけていくのを、オレはおろおろと落ち着かない気持ちで見送った。

(ぼく、おにいちゃんになる……?)

 祖母とふたりでの留守番。
 いつもとは異なる家の中の雰囲気に、オレは正直圧倒されていたんだと思う。
 久しぶりに祖母の添い寝で眠った明け方、電話のベルが鳴った。
 普段起きる時間よりも、ずっと早い時間だったけれど、なぜかぱっちりと目が覚めた。

「はい、花井でございます」
 祖母の声。
「まぁ……! 良かった! きく江ちゃんも双子ちゃんも元気なのね!」
 祖母は受話器を握り締めて、顔中をくしゃくしゃにして喜んでいた。

「あっくん! ──おにいちゃん!」
 リビングのドアの所でその様子を窺っていたオレを手招きして、受話器を持たせる。

『梓! 妹が生まれたよ!』

 父親がそう言った。


 いもうと?

 
 ──いもうとっておんなじゃんか!?

 オレは無性に悔しくて、布団にもぐりこんで泣いた。
 いま考えるとヒドイ兄貴だけど。

「お兄ちゃんになるんだよ」

 そう言われてから夢想していた弟たちとのぼんやりとした楽しげな世界が、シャボン玉のように一瞬にして消えてしまった一言だったから。
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