短篇
□エスケープ
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これは困ったと頭を抱えたい思いの彼女だったがそれではあからさまな態度になってしまうかと思いとどまって小さく溜め息を吐いた。
――エスケープ
今日は天気も良い。
屋敷で言い使っていたことも手早くすませる事ができた。
その旨を伝えて他に済ませておく事は無いかと問えば、じゃあ一つ、と彼女は主人から使いを頼まれた。
主人から手渡された手紙と、寄るところが示された地図と住所のメモを渡されて、順調に事なきを得て屋敷へと帰ろうとしたところだったのだが……。
「お嬢さん大丈夫?」
そう声をかけられたのは、店を出ようとしたときだった。
両手が塞がっていたので大丈夫かと声をかけてきた男はすすんでドアを彼女の為に開け親切に外へと導いてくれた。
御礼を言ってその場を離れようとしたのだが、両手が塞がっていては歩くのが不便だろうと荷物を軽々一つ奪われてしまう。
断ろうとしたが、相手の唐突な動きについていけず。
気が付けば自分の手から離れていく紙袋を目で追うのがやっとだった。
これが日用品ならまだ最悪逃げることが出来たのだがと相手を黙って見上げた彼女だったが、手中に収まる紙袋の中身を思い出して相手に気付かれないように肩を落とした。
そして冒頭に戻るのだが、一向に相手の男は立ち去る素振りを見せることなく、彼女に出来ることとしては一方的に続く話に適当に相槌を打つくらいだった。
内心焦りでいっぱいの彼女は早く話が終われば良いのにと、視線はまばらに落ち着かない。
そこにつけ込むかのように、嫌な笑みを浮かべた男は見下ろした彼女をじりじりと店先の壁に追い込むように詰め寄った。
「あれ?飽きちゃった?どこか場所移そうか?」
「あ。いえ、そろそろ戻らないといけませんので……。」
そう言葉にした彼女は、つい気がゆるんだのか今までの笑みとは異なり返事が痞えてしまった。
抑えていた恐怖心が一気に胸にこみ上げ圧迫し始める。
息がし辛くなった喉は、やけに渇いて張り付いた。
「あのさ、ただ話してはいさよならって調子の良いことってあると思ってんの?」
その言葉をからきりに、男の表情も歪んでゆく。
「せっかくドアあけて荷物持ってやってんのに何様?あんたさ、御礼してくれないと俺困っちゃうんだよね……。」
「御礼と、仰られましても――」
「意味分からない?ならさ……教えてあげようか?」
しどろもどろしているところをのぞき込むようにして、見下ろされたその時だった。
男の背後からけたたましいクラクションが鳴り響き、周囲の建物に反響する。
驚いた様子で振り返った男は、車から降りてきた人物の形相を見て先ほどまでの威勢は何処へやら、持っていた荷物を慌てて放り出すと、一目散に走り去っていってしまった。
彼女はと言えば、こちらへと向かってきた男の姿を見て、いつの間にか止めてしまっていた息をゆっくりと吐き出すと、心配そうな困ったような表情をその男へと向けた。
「あ、の。お仕事中では……。」
「商談は終わった。電話でな、先方から既に出たと聞いたにも関わらず、待てど暮らせど帰って来ねぇから捜しに来た。」
「すみません……。」
「ったく、律儀に御礼なんか笑顔で返すからあーなるんだ。
どこぞの知らねえ馬の骨にまで笑顔振りまいてんじゃねーよ。」
怒気のはらんだ言葉のラッシュを、彼女は何も言えずに俯いたまま聞く。
「……、変なことされてねぇだろーな。」
「変……と申されましても……。」
困り顔で見上げられた男は、呆れたようにため息をついた。
「……帰るか?」
「……はい。あ、でもまだご主人様に頼まれたお使いが……。」
「……。」