短篇

□機械と少年
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かんかんと鳴り響く音の中で、小さな音を立てながら小さな部品を直す者が居た。
やれやれと額をぬぐった小さな少年は、顔を油まみれにしながらもどこか楽しそう。
火花が散る大型の機械を使っての作業を尻目に、少年は手をひたすら動かしては細かい小さな修理を施してゆく。

少年は大人からしてみれば厄介者で、大した事も出来ないくせにとあまり相手にされていなかった。

そんなある日、小さな女の子が一つの塊を持って母親らしき人に手を引かれ、工場を訪ねてきた。
母親は困ったような顔、少女は今にも泣きそうな顔。
大型の機械を使っていた大人たちは少女に優しく声をかけた。


「一体どうしたんだい?おじさんたちが何でも直してあげるよ」


少年はその様子をじっと見つめていた。
なかなか話そうとしない女の子を優しいまなざしで見つめていた母親は、 機械工のおじさんたちに言いった。


「大事にしていたロボットの犬が壊れてしまったんです」


昨日までは問題なく動いていた小さな体。
少女の家では犬は飼えない。
どうしても欲しいとぐずった娘に、仕方が無いなと買い与えた"モノ"。
言ってしまえばそれだけの価値だった。
線が切れればぷつりと事切れ、動かなくなる。
なんだか人にも近しい存在。

女の子は今は唯の機械塊に、相当な思い入れがあったのだろう。
母親がそう話したとたん、ぽろぽろと大粒の涙をこぼし、腕の中にいた塊を強く強く抱きしめた。

「この子死んじゃったの?もう動かないの?」


大人たちは困り果てた。
何せいくら毎日機械をいじり、修理していたからといっても、彼らは大型の専門。
少女の手に抱えられる程の精密な機械は専門外だったから。


「そうなってしまったら捨てるしかないなあ」


そう口にした大人を視界に入れると同時に、歯を食いしばってうつむいた女の子は、しゃがみこんで唯静かに首を横に振り続ける。


「おじさんたちにそれを頂戴。そしたら綺麗に違う形にしてあげるから」

「この子じゃなくなるなら意味無いもん」


鼻をすすりすすり、しゃくりあげながらもしっかりと答えた女の子は、 大人たちを前に視線をぐるぐると世話しなく動かし何かを探す。
女の子の目に映った最後の頼みがその少年だった。

大人たちの後ろで静かに傍観している少年のところまで、困り果てた大人たちをかきわけかきわけ、無理に押し通ると、小さいながらも仁王立ち。


「この子は唯の病気でしょ?今は唯眠っているだけなんでしょ?」


大人たちはあからさまに嫌な顔をそれぞれが作る。
眉間に寄せた皺、吊りあがる目じり、曇る表情。
どれも毎日少年に送られる視線。

少年は何かを考え、そして手を少女の腕の中にある塊に優しく伸ばした。
いつも白い目で見てくる大人たちが嫌いというわけではなかった。唯、少しでも組み立てまたは直すことが出来ればと思っていた。本当にそれだけの日々。


「僕に出来ればいいんだけど」


苦笑を溢し、そういって少女から差し出されたそれを受け取ると、少女の表情はぱっと明るくなる。


「直してあげてね、元気にしてあげてね、また歩けるようにしてあげてね!!」

「保障は無いけど……」

「やってみなくちゃわからないじゃない!」

「……確かにそうなんだけど」

「あんな人たちよりずっとましだわ!!」

「あの人たちは悪い人たちじゃないんだよ?」

「だって何もしてくれなかったよ?」

「それはね――」


会話をしている最中も、少年は手を動かし少女は見守っていた。
大人たちはそれぞれの持ち場へと戻っていく。
中には無駄な足掻きをしてと、吐き捨てる者もいた。
それを流しながらも少年は、硬い機械に細いドライバーで、錆びてしまった所に油をさしさし作業を進める。
何度か指先を中に突っ込んで心臓に当たる歯車が、かみ合っていないことに気が付いた。


「此処がだめになっちゃったんだな」


そう呟けば少女が下から少年を覗く。


「やっぱり駄目?」

「代わりのものを使えば大丈夫そうだ、なんとかなるよ」


近くにあったピストンを、駄目になってしまった歯車と交換。
動かせるように、何本かの配線を組み合えた。


「違う子になっちゃう?私のこと忘れちゃう?」


そう聞かれて記憶パネルが組み込まれていた事を把握した少年は、さてどうしたものかと首をひねった。


「動かなくなってしまった後にリセットボタンは押した?」

「どこもさわってない」

「じゃあ大丈夫なんじゃないか?」


開いていた腹部を人の手術の後みたいに丁寧に縫い合わせる。
そんな様子に少女は顔をしかめたが、これはどうすることも出来なかったので、少年は少女に何も声をかけなかった。


「最初は変な動きをするかもしれないけど」

そう呟いて、「何処がスイッチ?」

「はな」

「じゃあ押してみて」


がしゃ・・・ぶーー、

ががががががががががっ


少女から小さな悲鳴が漏れるが、少年はそれが正常な動きへと変わるまで黙してじっと待つ。
大人たちは誰しもがその修理を失敗だと嘲笑って、その場から立ち去ろうとしたそのときだった。

かしょン。
『ワ・・・・・・ん。わんわんっ!!』


「やった!!」


少女のその声と、電子音でありながらも必死に愛想を振りまき、思い出したかの様に、少女に向かって立ち上がり千切れんばかりに尻尾を振ったそれを見て、


「――っ?!」

「ありがとうおにいちゃん」


口々に不可能だ!!すぐに壊れてしまうに決まっている!!
そんな言葉が狼狽した大人たちの口から次々に飛び出していった。


「僕はこの仕事を軽んじた事はありません。誇りを持ってやっています」


そう少年はつぶやいた。


「一時の修理で、もしまたすぐに壊れてしまうとしたら、僕はこの子の専門医になりたいと思います」


そう言葉にした少年に反論するものは一人もいなかった。


それから数日がゆっくりと過ぎていく。
しかし少女からの連絡もなければ、少年がその工場から出て行く気配も無かった。
むしろ少年の名は町を飛び出し遠くの方からも修理を頼まんと、以来が殺到していた。
少年の立場は一転し、作業台も与えられた。

少年は日々を忙しく送っている。

少年の作業台は散乱した工具があった。
そしてその横にはあどけない少女の笑顔と下をぺろりと出した元気そうな犬の写真が飾られていた。






















ぷるるるるっ、プルルルルっがちゃ。

「はい、おもちゃ救急センターです」
 

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