短篇

□せのび。
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あなたを見ていると恋がしてみたくなります。


――せのび。


あなたのトレードマーク。
白いワイシャツ、黒ネクタイ、黒いパンツに濁りのない黒い靴。

顔にはおしゃれなのか、伊達眼鏡。
度は入ってないそうだ。
(この前きいた)

そして大抵暇さえあれば、手には白いマグカップ。
中身は勿論……。


「コーヒーだけど?」

「どうしてそんな苦いものが飲めるの?」

「飲み物だからさ」

「おいしいの?」

「おいしくはないさ」

「じゃあ何で飲んでるの」


「…喉が乾いているから」

香りは好きなんだ私も。
あじは嫌いだけど香りは別。
入れ立ての温かさも、部屋を満たすあの香りも、あなたにうつる微かなものも。

コーヒーが飲めない私にいつも入れてくれるインスタントの紅茶。

それだって負けないくらい素敵な香りだと思う。

想うのだけど……。

「なんか負けてる気がしてならない……。」

「?」

首を傾げてから目があって、静かに微笑まれても私は視線をマグカップに。

口にためた少量の息を肺から吐き出した息で押し出して、
ゆらゆらと立ち上る白い湯気を何度も何度も切断する。

「コーヒー、入れ直そうか?」

視線をそらしたのが不味かったのが、それとも無言がいけなかったか。

紅茶に不満を持ったととられたようで、丁重にお断りをして、沈黙。

あなたも小さくコーヒーを啜った。


「苦味がたまらなくなるんだよ…いつの間にかね」


そうあなたが言う。

出会って、知って、くちにして。

クセになって、欲するようになって、貪って。

それはまるで麻薬のように体内に浸食する……。


それは私にとって、煙草もにていて。
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