短篇

□3日間の欠片
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幼い頃、3日間だけ私の面倒を見てくれた人がいた。

その人が私の中に残る記憶の断片として、大きな手、優しい声、それからそれから……。




ベビーシッターとかそういう類では無かった様な気がする。
きっと違う。
だからといって、すれ違った時に笑いかけられたみたいなそんな些細な関係でも無い。

じゃあこの記憶はなんだろう。

あの人の香りも、感触も覚えてる。
小さかった私はきっとその3日間で彼のことを少なからず好くようになっていた。


「俺らなんかは、そんな事覚えてらんないけどなぁ」

くりくり目玉の同居人は、ケラケラと笑う。

「ふと思い出すんだよ、夢に出てきたりさ声がよぎったりさ……」

私がこまったなぁと見返せば、彼は興味なさそうに相槌を打った。

「過去を振り返る趣味は俺には無いぜ!」

「ただ記憶力が乏しいだけでしょう?」

「うっせぇーよ」

くりくり目玉を釣り上げた彼は、八重歯をひんむいて私に小さく不機嫌そうな息を吐いた。

「ほんと、あの人は誰なんだろう。すっきりしないなぁ、会いたいなぁ」

「お前ってほんと人見知りしないのな」

呆れたように私を見上げた彼は、一つ欠伸をすると、うとうとと眠り込んでしまった。

ふと窓の外へと目をやると、お隣のご主人が犬の散歩をしに家から出てくるところだった。

お隣のご主人はとても紳士。
整った彫りの深い顔、すらりとのびた四肢は羨ましいほどのボディバランス。

「それに対して家の人ときたら……」

後ろを向けばスウェット姿の彼は頬杖をつき、欠伸を一つこぼすところだった。
今日は休日なんだと言っていた。
だからあんな風にゴロゴロだるだるしてる日なんだ。

時折あちこちボリボリと体をかいては、テレビに映る人を見て笑ってる。

この違いはいったいなんだろう。


これと言って日常に不満は無い。
それははっきりと言える。

散歩に出た時だって、友達にあった時なんかは彼の話になったりするけど、
友達の人より私の生活は充実している……。
とおもう。

「お隣さんが出かけたんだから私もどこかに行きたいーっ!!」
そう言いながらスウェット姿で寝転ぶ彼に突進すれば、もうこんな時間かと重いからだをやっと起こしてくれた。

「しょうがない、着替えてくるからちょっと待ってて」

そう言いって私の頭を撫でるのは彼の癖。

でもそれは出かける合図だからわくわくどきどきするから大好き。
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