短篇
□ホットミルク
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静まり返った店内で、男は不意にため息を落っこどした。
古本屋独特の埃くさいその場所では、特に来訪者もなく。
窓からしんしんと降り続く白い雪を見て、暇つぶしにと適当に本棚から取り出した売り物の本のページを適当にめくると横にすわる彼女に視線を移した。
彼の横には小さな子供。
腰あたりまで伸びた髪は絡まることを知らない様子で、さらさらで、店内の照明に照らされて綺麗な光沢を放っていた。
「なんで俺がお守り兼留守番なのよ」
そう言って話しかければ、幼い彼女は理解してはいない様子で楽しそうに笑った。
「お前もこんな俺より親の方が嬉しいだろ?
なんも楽しくないよなぁ」
そう話しかけてやれば小さな彼女は、にこやかにまた笑う。
まるで話しかけると笑うように仕込んであるおもちゃのようにけらけらと、その笑いにうっかりつられそうになって男は口を手で覆った。
その手とは逆、開いている手をその子どもにがっちりと捕まえられて、はっきりしない言語で話しかけられた男は、言葉にできない声を口の中で噛み砕いた。
「何、何だよ。引っ張るなよっ!!」
二人が座っていた場所の奥は、家の居間に繋がっていて、さらに一つ敷居をまたげば台所がある。
小さな手に引っ張られて、小さな背に合わせるように腰をかがめた男は引っ張られるまま台所につれてこられた。
「んっ!!」
ぱっと手を離されて、小さな彼女は目の前の冷蔵庫にしがみついた。
「え、冷蔵庫?何で、それが好きなの?」
その行動を見て、直ぐに男に理解してもらえると思っていたのか、小さな彼女は向き直るとショックを受けたような表情で固まってしまった。
「え、何なになになになになに!?泣くの!?な、泣かないで、ちょっ!!待て待て待て待て待てタンマッ!!」
黒目がちなまんまるな目から、雫がこぼれそうになって男は変な汗をかく。
「そ、そうだっ!!絵描いてっ!!そしたら俺もわかるでしょ?
ほら、紙とペンっ!!描いて描いてっ!!」
男が慌てて差し出したそれを見て、一度涙を引っ込めた彼女はそれを受け取ると、ペン先が潰れるような音を立てて一生懸命に絵を描いた……のだが。
「く……、芸術的だなっ!」
白い紙の上には黒く丸い円が何重にも描かれているようにしか男には理解できなかった。
しかし差し出した彼女はどこか誇らしげである。
「えっと――。お饅頭?」
「ふえっ」
「わーっ!!冗談だよっ!!凄く絵が芸術的で理解力の乏しいお兄さんはこれがなんなのかわからないんだっ!!乏しいって意味分かる?馬鹿って意味だよっ!!ってちがーうっ!!」
自分でも何を言ってるのやらと頭をかきむしった男は慌てふためくと、小さな体をよっこらせと持ち上げた。
「絵は上手だったよ!冷蔵庫を開ければ良いのかな?そうすれば探してるの見つかるよね!?」
そういって男は冷蔵庫の戸をがちゃんと開ければ、冷気がふわりと二人を包みこんだ。
ぶるぶるっと身震いをさせた彼女に、寒かったかと聞くも、冷蔵庫の中を探索中の彼女には聞こえてなかった。
「一番上から見てく?」
そう言って少し体を持ち上げると、機嫌が回復したのかきゃあきゃあ歓喜をあげる。
「ちょっと、喜んでないで探してよね。欲しいの見つかった?」
「なーいっ!!」
あまり残念そうに聞こえない返事に、男はじゃあ次と返事をして元のように抱き直すと、彼女が中段と下段の中身を見えるようにしてやった。