書庫(他小説)

□断罪の雨
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いつもの祓魔師の黒いコートを着た僕は、静かに十字架を前に袋を自分の横に置き、冷えた床へ片膝を付いた。
ここを訪れるのは久し振りだ。
最後に訪れたのは、学校に入る前、父さんの葬儀をした時。
そして今ここにいるのは、先程まで兄さんの葬儀をしたから。
同じ塾生の皆は、もう既に帰ってしまっている。
この場所には、僕だけ。
聖書の一節を表したステンドグラスを打つ激しい雨音は、次第に雷鳴までも聞こえてくる。
行き場をなくした両手を胸の前で組み、頭を垂れた。
神への、祈りの姿。
地響きの様な雷鳴と伴い、一瞬だけ眩しく空が光る。
光を受けたステンドグラスが真っ暗闇だった床にその絵を映し出した。

「兄さん……」

残されたのは僕と、ボロボロになり刀身の刃こぼれした兄さんの魔剣だけ。
僕は傍らに置いていたその袋から刀を取り出し握り締め、自らの心臓へ突き付けた。
紛いなりにも刀だ。
力一杯付けば、肌を突き刺し肉を抉り、たった一つしかない臓器にダメージを与える事も出来るだろう。
ぐっと柄を握る手に力を込め、そして……――真横に放り投げた。
カラカラと衝撃音を立てて刀が転がる。
こんな事、兄さんは絶対に望んでいない。

「……僕、独りぼっちなんだよ?」

すぐに記憶から再生される、兄の声、顔、香り、そして温かさ。
兄がいれば凍えた事などなかったのに、今は酷く寒さを感じる。

「……何で兄さんが死ななければいけなかったんだ」

繰り返される自問自答。
答えなんて判っているのに。
サタンの脅威から世界を救おうとした、兄さんの望んだ結末だったのだと。
瞳から零れた涙が冷えた床に落ちる。
悲しいのか悔しいのか。
自分の感情が判らない。
渦の様に止めどなく心の中で感情がぶつかり合い、その渦に飲まれてしまいそうになるのを感じる。

「……僕も、連れて行ってくれたらよかったのに」

ポツリと小さく呟いた言葉は、酷く苦しい。
兄さんのいない未来なんて、僕は望まなかった。
堪え切れなくなった嗚咽を漏らし、泣きたいだけ泣いた。
泣き声は雷雨に打ち消される。
容赦なく地を打つ雨は、まだ止みそうにない。
end
 

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